大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和56年(わ)153号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

訴訟費用中証人三好利行(昭和五六年九月八日支給分のみ)、同小池敏章、同佐々木一尚、同井手友子、同井手キミ、同栗崎忠義、同大宅敏美、同渡邊剛大、同石橋和幸、同野沢カツヨ、同野沢一男、同池田政夫、同荒木登(昭和五七年九月七日支給分のみ)、同松尾弘文、同田口マキヨに支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五六年四月八日午前七時三五分ころ、佐賀県武雄市西川登町大字神六三〇、四八一番地の一付近の市道矢筈線東側山中の草かげに潜み、同所付近の路上を一人で登校中の高校生井手友子(当時一七歳)を認めるや、同女を強いて姦淫しようと企て、顔面にストツキング様のもので覆面をし、所携の菜切包丁様の刃物を同女に突きつけ、「大きな声を出すな」と語気強く申し向け、同女の左手首を左手でつかみ、その背部を右手で押し、右道路西側斜面下の草むらに連れ込み、更に「おれの言うことを聞いたら殺さん。」「あんたもわからんとこがよかやろ。」などと言いながら市道を横断して道路東側山中の方向に同女の手を引つ張つて行くなどの暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、たまたま軽四輪自動車が接近してきたため犯行の発覚を恐れて山中に逃走し、その目的を遂げなかつたものの、その際前記暴行により、同女に全治三日間を要する左右下腿散在性線状切創、左右膝擦過創の傷害を負わせた

第二  一 公安委員会の運転免許を受けないで、かつ酒気を帯び、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で昭和五六年六月七日午前三時四〇分ころ、長崎県佐世保市大和町九七八番地三付近道路において、普通乗用自動車(佐世保五五つ六〇〇七号)を運転した

二 右一記載の日時ころ、道路標識によりその最高速度が四〇キロメートル毎時と指定されている右一記載の場所において、右最高速度を毎時五〇キロメートル超える九〇キロメートル毎時の速度で右一記載の普通乗用自動車を運転した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(判示第一事実の認定の経過)

弁護人及び被告人は、判示第一の事実につき、犯行を否認し、判示所為は被告人の行為ではないと主張するので検討する。

第一  本件現場付近の状況

司法警察員作成の昭和五六年六月二九日付写真撮影報告書、同年四月一八日付及び同年七月二日付各実況見分調書、井手友子の検察官に対する供述調書(抄本)並びに当裁判所の検証調書によれば次の事実が認められる。

本件犯行現場は、佐賀県と長崎県の南北に走る県境を東西に横ぎる県道波佐見・塩田線と武雄市西川登町矢筈地区とを結ぶ南北に走る市道矢筈線(幅員約四メートル舗装道路)上にあつて、これを矢筈部落南端にある本山商店から約七〇〇メートル南へ下つた地点で、両側を山に挟まれる谷間に位置し、東側には矢筈部落に通ずる旧矢筈線が北東方向に向かつて走つているが樹木が生い茂り現在は通行の用に供されておらず、西側は市道矢筈線に沿つて南北に流れる小川があり、矢筈線の道路敷よりも低い位置にあるものの、その両岸は草木が生い茂り人の通行できる状況にはない。また右小川の西側には旧市道矢筈線の跡があり、その北側は本件犯行現場から五〇メートル程北上した地点で現在の市道矢筈線に合流し、南側は途中で道らしきものは途絶えている。市道矢筈線は矢筈部落から南方へ向かつて緩やかな下り勾配をなし、曲折が多く見通しは悪い。また本件現場付近は人家もなく、人通りも少い淋しい所であり、本件犯行当時は本件現場付近に不審な男が現れるとうわさされており、本件被害者も左右を注意しながら本件現場付近を通行していた。

第二  本件犯行後の犯人捜索状況

第六回公判調書中の証人橋口秀敏の、第八回公判調書中の証人石橋和幸及び同原英己の、第一一、第一二回各公判調書中の証人小川泉の、第一六回公判調書中の証人荒木登の各供述部分、本山昭子、永石豊の司法警察員に対する各供述調書、司法警察員丸山博明外二名作成の昭和五六年四月九日付捜査報告書、司法警察員作成の同月一六日付実況見分調書、司法巡査堤邦幸外一名作成の同月八日付、同岡傳志外一名作成の同月一〇日付各捜査報告書、当裁判所の検証調書、押収してある白色バンド付紺色ズボン一本(昭和五六年押第五八号の1)、たまご色長そでシヤツ一枚(同押号の2)、茶色毛糸チヨツキ一枚(同押号の3)によれば次の事実が認められる。

一  昭和五六年四月八日午前七時三五分過ぎころ、武雄小学校教員本山昭子が市道矢筈線の北方から、製陶業橋口秀敏がその南方から、それぞれ自動車で本件犯行現場付近に接近してきたため、判示のような犯行を敢行していた犯人は発覚をおそれて東側の山中に素速く逃走し、橋口秀敏が被害者を発見し、停車して犯人の行方を見た時には、すでに東側の急斜面を東南方向に向かつて登つており、本山昭子が着いた時には既にその姿はなかつた。その後橋口秀敏は本山商店に行き、本山昭子は矢筈線と県道波佐見・塩田線の交点にある矢筈入口バス停留所まで被害者を送つた後、武雄小学校に行き、それぞれ警察へ本件事実を通報した。

二  右通報に基づき同日午前七時四二分ころ警察本部通信指令室は無線により、本件犯行を報じ、武雄警察署から荒木登刑事係長ら数名の警察官が直ちに現場に急行し午前八時過ぎころには本件犯行現場に到着したが、その時には既に同現場にはパトカー一台が到着していた。武雄警察署は午前八時一〇分から二〇分ころには被害現場を中心に七ケ所にわたり自署配備を行なつたが、犯人は犯行現場の東側方面に逃走したと考えていたので、その位置は矢筈部落の東側、矢筈入口バス停、犯行現場から少し南下した地点から東側に通ずる道路上の三か所の他、いずれも遠方の東側の道路だつた。また午前八時二〇分ころ知らせを受けて、矢筈区長である石橋和幸は本件犯行現場に赴いたが、同署員の依頼により部落に戻り、マイク放送で本件犯行現場である通称「あきやま」で事件があつたので集まるよう部落民に呼びかけた。

三  新聞配達人永石豊は、同日午前七時一〇分ころ、矢筈部落の東方にある長崎県の野々川部落での新聞配達を終え、わらびを採つて帰ろうと市道矢筈線から東西に曲折しながら野々川部落に通じる道を右折し県道波佐見・塩田線方向へ南進した。この道路は長崎県東彼杵郡波佐見町にあり、右県道と野々川部落を結ぶ南北に走る農道(以下たんに「農道」という。)であり乗用自動車が一台通過できる程度の道幅で、北側の一部を除き舗装のない凹凸のある道路である。右農道を北から七〇〇メートル位南進したところに東側に入る幅員約二メートル程の道があり、その道の南側は一面水田となつている。永石豊は、わらびを採集しながら、北から南に向かつて農道上を進んでいたが、午前七時四〇分ころ、右東側に入る道を数十メートル入つた空地である長崎県東彼杵郡波佐見町大字小樽郷字水穴四六―八の畑(以下「車両放置現場」という。)に佐世保ナンバーの普通乗用自動車(セドリツク、あずき色)を発見(以下「本件車両」という。)し、その後は本件車両を見ることのできる場所で、南北に走る山道沿いの斜面のわらび採りを続けた。ところで、本件車両が見える位置は、本件車両より南側であり、そこでは農道の東側は水田で西側は山の斜面となつている。したがつてわらび採りをしている間右永石は西側を向いていたと推定され、東側の車両を常時見ることはなかつたものと考えられる(このことは後記のとおり右わらび採りの間に犯人が本件車両で着替えることも可能であつたことを推測させる。)。そして右永石は前記マイク放送を聞いた後、わらび採りを終え、バイクで南進し県道波佐見・塩田線に出て東進し、矢筈入口バス停を経由して自宅へ帰り、再び右矢筈入口バス停に戻つて、午前九時ごろ本件車両が駐車してある事実を警戒中の警察官に連絡し、右車両の現場に案内した。右案内を受けた警察官は、本件車両を確認の上、その後午前九時三〇分から午後零時三〇分ころまで、右県道と山道との交差地点で本件車両の逃走防止と付近の警戒にあたつた。

四  一方本件犯行現場には、マイク放送を聞きつけた部落民が集まつて同日午前九時過ぎころから二、三人ずつ組んで山狩りを開始した。山狩りの人員は最終的には五、六〇人となつた。警察官原英己も同じころ、犯人が残したと思料される足跡を追い、その途中、臭気保存のためその足跡四か所にビニールのおおいをかけ、更に目印を施しながら山中に入つた。他方本件犯行現場から市道矢筈線を約一三〇メートルほど南へ下つた地点から北東方向の山頂に向かつて捜索を始めていた石橋和幸らは、山頂から再び引返して南進し、午前一〇時近くになつて山の中腹にある山道を東に向かつて進んだところで、当日遺留したと思料される一足の青色の靴下(以下「本件遺留靴下」という。)を発見した。右地点は本件犯行現場から南東方向にあり、山中の経路で約三六〇メートル程の位置にある。

五  本件捜査にあたつて、同日午前九時過ぎころから、二頭の警察犬が出動したが、そのうちカストール・フオン・チクゼンウチダ号(以下単に「カール」という。)が前記原英己の保存した足跡臭の追跡を行なつたが、四〇分程経過して、前記靴下発見の情報が入つたので臭気追跡は中断された。次に他の一頭であるイヴアール・フオン・ハクスイソウ号(以下単に「ジヤツク」という。)を使つて本件遺留靴下の臭気による追跡を行なつたが、途中、本件車両、本件遺留靴下及び犯人の足跡から採取された各臭気について選別検査を実施する旨の報が入つたのでこれを中断し、同日正午ころから、カールを使つて臭気選別検査が実施された。捜査当局は右臭気選別により、各臭気が同一人のものとの結果が出たとして、本件車両の運転者が本件の犯人であるとの疑いを強め、午後は本件車両の発見箇所、その北側二箇所、県道波佐見線から農道への入口など全部で二一か所に捜査官を配備し、本件車両放置現場付近を徹夜で警戒にあたつた。また本件車両のドアはすべてロツクされており、同車内からは紺色ズボン一本(昭和五六年押第五八号の1)、たまご色長そでシヤツ一枚(同押号の2)、茶色毛糸チヨツキ一枚(同押号の3)等が発見された。

第三  本件車両が放置される以前の状況及び車両放置現場から本件犯行現場までの状況等

第七回公判調書中の証人渡邊剛大の供述部分、司法警察員作成の昭和五六年六月二七日付捜査報告書及び同年八月三一日付写真撮影報告書、司法巡査作成の同年六月二一日付捜査報告書、当裁判所の検証調書並びに第二〇回公判調書中の被告人の供述部分によれば次の事実が認められる。

一  昭和五六年四月八日午前七時五分ころ、矢筈部落から市道矢筈線を南下してきた渡邊剛大は、本件犯行現場のやや北寄りにおいて矢筈入口バス停方面から北上してきた普通乗用自動車とすれ違つたが、右乗用自動車はナンバーが「一一二六」の茶色のセドリツクであり、ラジアルタイヤに暴走族風のアルミホイールがはめられており、また助手席には赤い花が飾つてあつたこと、右剛大は、弟の車両のナンバーが「一一二六」で、「イイフロ」という覚えやすいナンバーであり、その弟の車両と右乗用車のナンバーとが同じであるので特に記憶していたこと、なお長崎、佐世保、佐賀ナンバーの車両で「一一二六」のセドリツクは当時本件車両以外にはなかつたこと

二  同日午前七時四〇分ころ、車両放置現場に駐車されていた本件車両は、茶ないし黒色のニツサンセドリツクで、ナンバーは「佐三三さ一一二六」であり、同車にはラジアルタイヤ、アルミホイールが取り付けられ助手席には赤い花が置かれていたこと、渡邊剛大は、すれちがつた前記乗用自動車と本件車両が同一であることを確認していること

三  本件犯行現場から矢筈部落入口の本山商店を経由して西進し、岳力桧方付近を左折し前記農道に入り、本件放置現場に至るまでの距離は約一八五〇メートルで、時速約三〇キロメートルの速度で四分余りの時間を要し、また車両放置現場の東側は山になつており、その稜線西側斜面は比較的緩やかな勾配で茶畑が続き、東側斜面はかなり急な勾配の雑木林となつている。東側斜面を下りたところに前記旧矢筈線の道路跡があり、本件犯行現場へと通じている。右車両放置現場から茶畑を通り東側斜面を下つて旧矢筈線を通り、本件犯行現場に至るまで徒歩で約一〇ないし一二分を要すること

四  本件車両及び同車内の前記衣類は被告人所有であり、本件犯行当日右車両を車両放置現場に放置したのは被告人であること

第四  犯人と被告人の人相、体格及び服装の同一性の有無

第四回公判調書中の井手友子の供述部分、第六回公判調書中の橋口秀敏の供述部分、司法警察員作成の昭和五六年四月一六日付実況見分調書及び同年七月六日付写真撮影報告書、第一回公判調書中の被告人の供述部分並びに押収してある白色バンド付紺色ズボン一本(昭和五六年押第五八号の1)、たまご色長そでシヤツ一枚(同押号の2)、茶色毛糸チヨツキ一枚(同押号の3)によれば次の事実が認められる。

一  犯人はストツキング様のもので覆面をし、右手に菜切包丁様の刃物を持ち、手首には洗面用具入様の小さいバツグを提げて井手友子を襲つたのであるが、同女は恐怖のため、犯人の特徴をはつきりとは記憶してはいないものの、かなり近接した位置で数分間観察しえたものであること、同女の記憶している犯人像は身長は一六四ないし一六七センチメートルで被告人くらいであり、体格はガツチリしていて被告人に似ており、また服装については本件車両に遺留されていた前記ズボン、シヤツ、チヨツキと対比して、下半身は紺のジヤージー様で、右ズボンのような色であつたこと、また上半身は全体的に白つぽい感じで、右シヤツのようであつたこと

二  橋口秀敏は、山中を逃走する犯人の後ろ姿しか見ておらず、本件発生当時右山中は草が生い茂つており、下半身はよく見えなかつたこと、同人の記憶している犯人像は、身長は橋口秀敏(一七〇センチメートル)よりやや小さく、体格はがつしりしており、服装は茶色が一丸となつてさつと行く様であつたこと、また、その色は、前記チヨツキに似ていること

第五  臭気選別結果における犯人と被告人の同一性の有無

司法警察員西田直也外二名作成の昭和五六年四月八日付捜査報告書、司法警察員徳永快人外二名作成の同年六月三〇日付捜査報告書、検察事務官作成の昭和五七年四月二七日付報告書、司法警察員作成の昭和五六年六月二四日付捜査報告書及び同年四月一二日付遺留品写真撮影報告書、第二回公判調書中の証人三好利行、第八回公判調書中の証人石橋和幸、同原英己、第九回公判調書中の証人蒲原正博、同西田直也、第一〇回公判調書中の証人島ノ江実、同吉永正、同西田盛太、第一一回公判調書中の証人大渡利已、第一一、第一二回各公判調書中の証人小川泉、第一六回公判調書中の証人荒木登、第一七回公判調書中の証人徳永快人、第二〇回公判調書中の被告人の各供述部分によれば次の事実が認められる。

一  本件各臭気の採集及び保存状況

1 山中に逃走した犯人の足跡の臭気について

本件犯行当日の午前九時ころ司法巡査原英己が犯人の足跡の上にビニール袋をかぶせ、佐賀県警察本部刑事部機動鑑識班員蒲原正博が同日午前一〇時半ころ、手袋をはめ、ピンセツトで無臭ガーゼを挟み、右足痕跡の上にガーゼを載せピンセツトで二、三回軽く押さえ、再びそのピンセツトでつまみ足跡の横を二、三回なで、それを新品のビニール袋に入れるという方法で、一つの足跡から一つ、計二つを採集し、その時間は各一〇秒前後であつた。そのうち一つを追跡に、他の一つを物品選別に使用した。ビニール袋は封をしてポケツトに入れていた。

2 靴下遺留現場から発見された本件遺留靴下の臭気について

本件犯行当日の午前一〇時前ころ、石橋和幸らが本件遺留靴下を発見し、これを竹の棒で拾い、辰石市道一号道路の端に横倒しにされていた古い電柱の上に置き、その後再び竹の棒にひつかけ、右靴下を本件犯行現場にいた鑑識課係員西田盛太のもとへ持参した。西田は布製手袋をして右靴下を裏返すなどして付着物の確認をした後、別々にビニール袋に入れ、片方を追跡に、他方を臭気選別に使用した。

3 本件車両の取つ手の臭気について

本件犯行当日の午前中、右西田の命により佐賀県警察本部捜査一課の吉永正がナイロン製の手袋をして無臭ガーゼをピンセツトで挟み、本件車両運転席側ドアの外側の取つ手の内側にあて、四、五回こすり、ガーゼを裏側にして四、五回こするという方法で、一枚につき三〇秒ほどの時間をかけ、三枚のガーゼに臭気を移し、これをナイロン袋に入れて封をし西田に手渡した。なお被告人が本件車両を放置した後、右臭気採取まで僅か数時間であり、その間そのドアの取つ手に触れた者はなかつたと推認される。

4 ふとんカバー、ゴム草履の臭気について

被告人は昭和五六年六月一一日武雄警察署に勾留され、以後引続き同所において留置されていたものであるが、同月二七日正午ころ、同署刑事課徳永快人巡査部長は、同日まで被告人が使用していたふとんカバーとゴム草履の臭気を保存するため、手袋をして、これらを別々にビニール袋に入れ、ガムテープで入口の封をした。

二  警察犬の臭気選別能力

一般に犬の臭気選別能力は人間の場合に比べ、三、〇〇〇ないし八、〇〇〇倍であるといわれ、警察犬は右臭気の異同を識別した上で同一の臭気を追及し、又は持来するよう特別に訓練されたものであり、本件の各臭気選別試験に使用されたカールも、右訓練を受け、昭和五〇年八月三〇日に警察犬追及基本訓練試験に合格し、以後、昭和五二年から昭和五六年にかけて物品選別能力を競う九州管内又は全国の警察犬の競技会で優秀な成績をおさめ、その間、犯人追跡等のため多数回出動し、本件の発生した昭和五六年にも、その功績をたたえ賞が与えられている。犬の臭気選別能力のピークは四ないし八歳程度であるが本件当時カールは六歳(昭和四九年五月二八日生)であつた。

三  臭気選別の実施

1 第一回臭気選別(昭和五六年四月八日実施)

犯行当日の午後零時から零時五〇分にかけて、武雄市西川登町神六所在の大渡健六方の田地内において、カールによる犯人の足跡痕の臭気と本件遺留靴下及び本件車両の取つ手の各臭気との異同を識別するための選別が行なわれた。原臭は前記一1の足跡臭、対照臭は前記一2の遺留靴下臭及び同3の取つて臭、誘惑臭は、当日捜査従事中の警察官七名が無臭ガーゼを手掌部にこすりつける方法によつて採集したが、右七名の中には前記靴下を直接布製手袋で触れた西田盛太が含まれていた。予備選別は誘惑臭のひとつを原臭かつ対照臭とし、他の誘惑臭のうち四つを誘惑臭として三回実施したが、三回とも対照臭を持来した。また本選別は前記の方法で各三回実施したが、いずれも対照臭を持来した。右実施にあたつては、一回毎にガーゼをとりかえ、ガーゼの配置に際してはカール及び指導手である小川泉には見せないようにした。

2 第二回臭気選別(昭和五六年六月二九日実施)

昭和五六年六月二九日午前一〇時一〇分から午後零時八分まで武雄警察署の裏庭広場において、カールによる遺留靴下の臭気と前記ふとんカバー及びゴム草履の各臭気との異同を識別するための選別が行われた。誘惑臭は、警察官三名の他、市役所及び消防署職員各一名並びにカールの指導手である小川泉の手掌部に無臭ガーゼをこすりつける方法と各人の靴下内に無臭ガーゼを入れる方法によつて採集した。予備選別は小川泉の臭気を原臭かつ対照臭とし、本選別における誘惑臭のうち四つを予備選別の誘惑臭として三回実施したが、いずれも対照臭を持来した。また本選別は、まず遺留靴下臭を原臭かつ対照臭として三回実施したが、いずれも対照臭を持来した。次に遺留靴下臭を原臭、対照臭を前記ゴム草履臭及びふとんカバー臭とし、誘惑臭は靴下からの臭気を使用してそれぞれ三回実施したところ、いずれも対照臭を持来した。最後にゴム草履臭を原臭、ふとんカバー臭を対照臭とし、誘惑臭は右同様の臭気を使用して五回実施したところ、第一回、第二回、第五回は持来した(但し、第一回を除きくわえ落としあり)が、第三、第四回は持来しなかつた。右持来しなかつた理由は途中ジヤツクが横で吠えたこと、時間が長く疲れたことによると推定される。

以上の各認定事実によれば、足跡臭については犯人の臭気が、ドアの取つ手の臭気については本件車両を使用していた被告人の臭気が、それぞれ付着している蓋然性が非常に高いこと、本件遺留靴下については犯人の臭気の付着している疑いの強いこと、足跡臭については原英己、蒲原正博の、本件遺留靴下については西田盛太の、本件車両の取つ手の臭気については吉永正の、ふとんカバー、ゴム草履については徳永快人の、各臭気が臭気の保存、採取に際して本件臭気選別に使用したそれぞれのガーゼに付着した可能性は全くなかつたとはいいきれないものの、ふとんカバーとゴム草履とを除き、右臭気の保存、採取者は皆別人であり本件各臭気選別において原臭及び対照臭とされたガーゼに共通して犯人又は被告人以外の者の臭気の付着した可能性は無いこと(前記のとおり西田盛太については原臭である遺留靴下に同人の臭気が付着した可能性があり、同時に誘惑臭に同人の臭気が使用されているが、対照臭に付着した可能性はない)、第一回の予備選別は誘惑臭のみを使つて実施されたが、一回について五分の一の確率で、三回とも同一の臭気を持来したこと(偶然に三回とも対照臭を持来する確率は一二五分の一しかない)、第一回の本選別においても同様の確率で、三回とも対照臭を持来したこと(予備選別と通算して六回とも偶然に対照臭を持来する確率は一五六二五分の一しかない)、右臭気選別をしたカールは、昭和五〇年八月に警察犬追及基本訓練試験に合格し、その後多数の物品選別の競技会で優秀な成績をおさめてきた警察犬であり、優れた臭気選別能力を有していること、右選別に際しては、一回毎にガーゼをとりかえ、その状況について指導手である小川泉及びカールは認識していないことが認められ、これらの事実を総合すると犯人の足跡臭と本件遺留靴下の臭気並びに犯人の足跡臭と本件車両の取つ手の臭気とがそれぞれ同一である可能性は極めて高いものということができる。(なお弁護人が主張するように同一でなくとも最も近い臭気を選択するおそれが全くないと断定できるかについてはやや疑問があるが、仮に近い臭気を選択し持来するとすると誘惑臭として使用された七人の臭気よりも被告人の臭気が最も犯人の臭気に近いと考えられ、偶然にこのような事態の生ずる可能性は八分の一であり、かなり低い割合でしかないことが認められる。)

なお、第二回の臭気選別については、予備選別に長年にわたるカールの所有者、指導手である小川泉の臭気が原臭及び対照臭に使用されているため、右選別結果から直ちに右試験当時カールがなじみのない初めての臭気についても充分な選別能力を発揮できていたかには疑問があること、いずれも被告人の臭気が付着していたと認められるゴム草履とふとんカバーの各臭気間の同一性を確認する試験で五回のうち二回は持来せず、持来した三回のうち二回はくわえ落としがあることが認められ、これらの事実によれば、その原因が前記のとおりであるとしても、本件遺留靴下の臭気と被告人の使用していたゴム草履及びふとんカバーの各臭気との同一性、ひいては右試験当時のカールの選別能力については疑問が持たれ、したがつて第二回臭気選別検査結果については、右同一性が認められても不自然ではないということができるにとどまり、積極的に被告人と犯人とを結びつける証拠として用いるのは相当でないというべきである。

第六  ポリグラフ検査結果について

佐賀県技術吏員原田富男作成のポリグラフ検査書、第一四、第一五回公判調書中の証人原田富男の供述部分、第一八回公判調書中の田口マキヨの供述部分、本件記録中の被告人の逮捕状及び勾留状によれば次の事実が認められる。

一  本件ポリグラフ検査の実施状況

本件ポリグラフ検査は、被告人が勾留された日の翌日である昭和五六年六月一二日午後零時一六分から午後一時四一分まで、武雄警察署の刑事取調室において、技術吏員原田富男が同宮地良雄立会の下で実施した。右原田は一か月間科学警察研究所でポリグラフ検査等の技術研修を受け、昭和五五年三月ころから実際に検査を担当している。実施に際して予め被告人に検査の原理や機械の説明をし、その承諾を得たうえ、一般に各警察署で使用している機械(竹井機器工業製のKT―I型ポリグラフ)を用い、カードによる予備試験によつて正常に作動していることを確認した。

ところでポリグラフ検査の方法には、一般に犯罪事実についての認識の有無を調べる緊張最高点質問法と有罪意識の有無を調べる対照質問法とがあるが、本件ポリグラフ検査はこれを併用して実施された。その具体的手順は、まず前者については別表(一)記載の緊張最高点質問表(以下「POT」という。)を作成し、五問を記載の順序で発問(同一の問題内では順序を変えて三回ずつ発問)した。後者については別表(二)記載の対照質問表(以下「CQT」という。)を作成し、記載の順序で発問した。そして右発問と応答時の呼吸波の変化、皮膚電気反射、血圧(脈拍)の変化をそれぞれ検査紙(フローチヤート)に記録し、この変化から特異反応の存否を確認し、当該質問事項についての認識の有無及び有罪意識の有無を判断した。

二  POTの質問構成

一般に緊張最高点質問法においては、捜査官及び犯人は認識しているが、それ以外の者は知り得ない犯行に関する事実についてその認識の有無を調べるものであり、もし被検査者が犯人以外で当該事実を検査当時知つていたとすれば、特異反応があつたとしても、被検査者が犯人として右事実の認識を有していると推定する資料に供することはできないものと解され、原田富男も、したがつて、質問事項から被検査者である被告人が知り得たと思われる事項は捜査官と相談のうえ、これを排除して質問を作成したが、なお、本件POTについては次の点につき被告人が検査当時認識していた疑いがある。

1 (POT一について)被告人は、本件検査当時、既に本件の逮捕状及び勾留状を呈示され、その執行を受けているのであるが、右令状の各被疑事実には被害者を市道矢筈線上で襲い、山中に引つ張るなどの暴行を加えた旨が記載されており、かつ、被告人は自分の車は放置現場に放置していたものであり、他方市道矢筈線を通つたことが過去にあるのであるから、犯人でなくても、道の上の雑木林か、道の下であることは容易に認識できること

2 (POT二について)被告人は、本件ポリグラフ検査の後、本件靴下を示されて認識の有無を問われ、右靴下は知らない旨の被告人の供述調書が作成されたが、同人と同棲中の田口マキヨは被告人が逮捕される以前に捜査官から靴下に関する発問を受けていた疑いがない訳ではなく、もし受けていたとすれば、被告人が本件に関し、靴下が問題になつていることを知る機会は存したのであるから、これに特異反応が現れたからといつて、必ずしも犯人として犯行に関する事実の認識を有すると推定することはできないこと

三  POTにおける特異反応

POT一ないし五の検査結果は、まずPOT一、二、四については、いずれも裁決質問に特異反応が認められ、POT三、五についてはわずかな特異反応が認められた。右事実からは、「犯行の場所」、「犯人が逃走中に落としたもの」、「犯人が靴下を落とした場所」については認識を有しており、「犯人が落とした靴下の色」、「犯人が女子高校生に対してとつた行動」について認識を有していると推定されること

四  CQTの質問構成

対照質問法は有罪意識を問う質問で「あなたが犯人ですか」という直接的な発問をすることによつてその反応を検査するものである。この質問は犯人でなくても、被検査者にある程度の心理的動揺をもたらすものであるから、当該事件に関する質問(関係質問)と同時に、これと同程度の重要性を持ち、被検査者がその犯人でないことの明らかな犯罪事実に関する質問(対照質問)を加え、また、このように被検査者の心理に変化を与えやすい質問であるため、初発質問及び関係質問と対照質問との間には「はい」と答えるのが当然の犯罪には関係のない事実に関する質問(無関係質問)を入れておくことが必要であると解されるが、本件の質問構成には次のような問題点を指摘できる。

1 質問番号3に特異反応が認められたとして有罪意識が推定されるとしているが、これは被検査者の認識の有無を問う質問形式をとつており、したがつて被告人が犯人ではないが犯人を見ている場合には、これに特異反応が出たからといつて有罪意識の存在を当然には推定することはできないこと

2 質問番号6は、捜査官側において被告人に窃盗の容疑を抱いており、また窃盗は本件の強姦に比べれば罪質としては軽微であることから対照質問として適切であつたかについて若干の疑問の存すること

五  CQTにおける特異反応

CQTにおいては、質問番号3についてのみ特異反応が現われ、もつとも直接的な質問である6、9については特異反応が現われていない。本件につき有罪意識を抱いていながら、何故3のみについて特異反応が現われるのかに疑問が存する。

以上認定の事実によれば、本件ポリグラフ検査書の作成については、検査に当つた前記原田がポリグラフ検査に関する基礎知識、経験及び技能をもつた適格者であること、右検査に使用した機械が、一般に各警察署で用いられているKT―I型ポリグラフであり、右機械がカードによる予備試験を実施した際、信頼できる状態にあつたこと、被告人にあらかじめ右機械及びそのメカニズムの説明をしたうえ、その承諾を得てなされたものであるから、その検査の経過及び結果を記載した本件ポリグラフ検査書は証拠能力を有するものといえる。

次に本件ポリグラフ検査書の証明力について検討するに、前記認定の事実によると、右検査結果の一部には質問表の作成に疑問があつて直ちに採用できない部分(POT一、二及びCQT)もあるが、右以外は被告人が検査に際し抑制的であつたため消極的反応しか現われなかつたものの、とくに被告人が犯人が落としていた靴下の色(POT三)及び被害者が落とした手提袋(POT五)について認識を有していた疑いがあることを示す情動反応が認められる。したがつて、被告人が本件犯罪事実についての認識を持つていた疑いがあると認められる。

弁護人は、POTによる検査結果のうち犯罪事実についての特異反応の有無を比較すると、二三対二三であり、当該事実の認識の有無は五分五分であり、またこれにCQTをあわせ考慮すればこの検査結果は被告人有利となるのみならず被告人無罪説に役立つ証拠方法になると主張するけれども、これは前示のとおり被告人が検査に際し抑制的であつたため情動反応に影響した結果、全体的に消極的反応として現われたものと考えられるから、特異反応が出なかつた部分をすべて被告人が当該事実についての認識又は有罪意識を有しないとして有利な証拠となすことはできない。

第七  被告人の弁解について

一  被告人の弁解の変遷

被告人は、昭和五六年六月九日に逮捕されて以降、一貫して本件犯行につき否認し、本件車両放置現場に本件車両を乗り入れ、これを放置した経緯について弁解しているが、被告人の同日付、同月一〇日付、一二日付、一六日付、一九日付、二一日付、二二日付各供述調書、第一九、第二〇回各公判調書中の被告人の各供述部分及び当公判廷における被告人の供述によれば、右弁解は大要次のように変遷している。(以下右各調書は日付のみで特定表示する。)

1 本件犯行前日の行動について

(九日付から一九日付まで)

昭和五六年四月七日午前三時ころ、本件車両で佐世保を出発し、同日午前六時ころ大牟田市内の松尾弘文方に着いた。商談がまとまらず、同日午後四時ころ同人方を出発したが、自動車のエンジンの調子がおかしかつた。人に合う約束をしていたので同日午後六時大牟田駅に行き、同日午後一一時ころまで右松尾を待ち、同日午後一二時ころ松尾と別れて大牟田を出発し、佐賀市、有明町、鹿島を通り、波佐見線に入つた。

(二一日付から第二〇回公判に至るまで)

松尾方を出発した後、同日午後七時ころ大牟田市新栄町のパチンコ店で年齢四〇ないし四五歳位の男から覚せい剤と注射器を無償で譲受け、大牟田駅に行き松尾を待つていたが、同日午後一一時ころ見知らぬ男女から壺二個と焼物の額を三万円で買い、三千数百円の小銭をまとめてくれといわれて五千円札一枚を渡し、翌八日午前零時ころ松尾と別れた。

(当公判廷における供述)

春野広人所有の財布、キーホルダー、サングラスなどは七日の午後一〇時過ぎに大牟田駅で壺と一緒にもらつたもの、あるいは硬貨と札を換えてやつたもので、盗んだものではない。

2 本件車両を車両放置現場に駐車させた理由について

(九日付から一九日付まで)

本件車両がゴーゴーと異常音を発するので、そのまま走行すると無免許であることが発覚するので波佐見町の手前の放置現場へ通ずる農道入口で車を停め、更に農道を北上し、本件車両現場に駐車した。

(二一日付から当公判廷における供述まで)

波佐見線に入つてしばらく走つてから、神社の裏側の倉庫がある広場に車を入れ、覚せい剤を注射しようとしたら男に見られ、その男が本件車両のナンバーを見て電話ボツクスに入つたので、自分が覚せい剤を注射しようとしたことを警察に通報していると思い、発覚を恐れて本件車両放置現場に駐車させた。

3 本件犯行当日の行動について

(九日付から一九日付まで)

犯行当日の朝七時ころ、佐世保の自宅や車の修理屋に電話をするため歩いて波佐見線に出て、波佐見町の手前の住宅の中の電話ボツクスで、田口マキヨに三回かけたが出ないので、次に木原ボデイに修理に来るよう電話した。次に松尾方へ電話をし、車のエンジンの調子が悪く家に帰りついていないと話し、車のところへ戻ろうとすると農道の入口を白バイが入つていくので、波佐見町に戻り、木原ボデイに来なくてよいと電話をし、佐世保の知人に迎えに来てもらつた。その晩は佐世保のホテルに泊まり、翌九日に自宅に警察が張つていることや本件事件のことなどを友人から聞いた。不動産の話が一週間で片づくと思い、そうすれば警察に出頭するつもりだつた。

(二一日付から当公判廷の供述まで)

犯行当日の朝七時ころ起きて、着ていた白の長そでカツターシヤツ、茶色のチヨツキ、白バンド付のズボンを脱いで、紺の長そでシヤツ、紺のカーデイガン、焦茶色のズボンに着替え、歩いて波佐見町まで警察の様子を見に行き、田口マキヨに三回電話したが通じなかつた。車で戻れると思つて引返したが、農道の入口を白バイが入つていくのを見たので歩いて佐世保まで帰つた。

二 被告人の弁解の合理性の有無

被告人は、右弁解の変遷の理由について、当初木原ボデイに電話をしていないのに電話したようにアリバイ工作をしたのは、自分が真犯人でないのに疑われていたからであり、覚せい剤のことは話したくなかつたので、異常音を発していたことだけを述べていたのであり、したがつて弁解の変還には合理的理由があり、二一日付以降の弁解が真実である旨述べているので、以下変更後の弁解についてその信用性、合理性を検討する。

1  前記第三に認定した事実によれば、被告人は本件車両を運転して本件犯行当日の午前七時五分ころ市道矢筈線上の本件犯行現場付近を北進していたものと認められ、右事実は、前記本件犯行時刻までの被告人の行動についての弁解に矛盾する。

2  春野広人作成の被害届及び同人の司法警察員に対する供述調書、司法警察員ら作成の「窃盗被疑事件報告」と題する書面及び昭和五六年四月一二日付捜査報告書によれば、本件犯行当日本件車両から発見されたサングラス、キー、がま口(現金一七九六円在中)は、昭和五六年四月七日午後八時ころから同月八日午前六時ころまでの間に、藤津郡太良町に駐車中の車両から盗取されたものであることが認められ、そうすると、これらを大牟田駅で同月七日午後一〇時ないし一一時ころ見知らぬ男女から買い、又は紙幣と交換した旨の被告人の当公判廷における供述は経験則に照らし、到底信用することはできない。

3  佐賀県警察本部鑑識課鑑識専門官小池敏章作成の鑑定書、第三回公判調書中の証人小池敏章の供述部分によれば、昭和五六年六月一〇日本件車両の走行試験を実施したが、エンジン操作装置、制動装置には特に異常はなく、一キロメートルの往復試走ではエンジンの異常音は認められなかつたというのであり、本件当時、その走行が整備不良車として許容されないほどの異常音を発していたとは認め難く、異常音を発していたので車両放置現場に本件車両を乗り入れた旨の被告人の弁解は措信できない。

4  第一三回公判調書中の証人野沢カツヨ及び同野沢一男の各供述部分、第一四回公判調書中の証人池田政夫の供述部分、池田政夫の検察官に対する供述調書によれば、犯行当日の午後二時三〇分ころ長崎県東彼杵郡波佐見町野々川にある野沢一男方に一人の男が現われ、池田政夫運転のタクシーに乗車し大日バス停で降車したこと、右男の年齢、髪型、体格は被告人とよく似ており、特に池田政夫は、本件事件の三日後に警察官に事情を聞かれ、よく銘記していること、その男が野沢方で車を上に置いてきたと述べていたこと、その男は現場から来たとは述べたが野々川部落で使う「埋込み」ということばは使つていないこと、などの事実が認められ、これらの事実を総合すると、右の男は被告人である疑いが非常に強く、同日朝佐世保まで歩いて帰つた旨の被告人の弁解は措信し難い。

5  また被告人の主張する覚せい剤を譲り受けた事実、見知らぬ男女から窃盗被害品である壺、額、サングラス、キーホルダーなどを買受けた事実、覚せい剤の注射をしようとして見られた事実、覚せい剤及び注射器を投棄した事実については、いずれも被告人の供述以外にこれを裏付ける証拠は発見されず、しかも、いずれについても経験則上たやすく措信し難いものばかりで、納得できる合理的な理由も見当らない。なお第一九、第二〇回公判調書中の証人松尾弘文の供述部分には、見知らぬ男女から被告人が物品を買つた事実に沿う供述がなされているが、前記2の事実を併せ考えると、右供述も信用することはできない。

以上のとおり、被告人の弁解は、いずれも客観的に認められる事実及び経験則に照らし、不自然、不合理なものであり、これを採用することはできないものというべきである。

第八 まとめ

以上第一ないし第七に認定した事実によれば、本件犯行現場付近は山間部で通常人通りの少ない淋しいところであり、本件犯行後直ちに警察官が犯行現場に急行するとともに、付近住民も参集して犯人が逃走したと思料される犯行現場東側山中の捜索を行なつたが、当日朝脱ぎ捨てたと思われる本件遺留靴下一足が発見された他には犯人とおぼしき不審な人物その他の遺留品は発見できなかつたこと、他方被告人は当日の午前七時五分ころ本件犯行現場付近を本件車両で通過し、その後本件車両放置現場に本件車両を駐車させたこと、被告人が右放置現場から徒歩で東側の山を越えて犯行時刻である午前七時三五分ころまでに本件犯行現場に行き被害者を待ち受けること及び本件犯行後、本件遺留靴下のあつた場所を通過し、本件車両放置現場に戻り、同日午前九時ころまでに同所で着替えをして誰にも発見されずに西側に逃走することは、いずれも十分に可能であつたこと、犯人の身長及び体格は、被告人によく似ており、また犯人が犯行当時着用していた上衣及び下衣の色は、いずれも鍵のかかつた本件車両から発見されたシヤツ、チヨツキ、ズボンとおおむね一致しており、被告人も右各衣類は同日朝被告人が本件車両内に脱ぎ捨てたものであることは認めていること、また犯人の足跡から採取された臭気と本件遺留靴下から採取された臭気との間、及び、右足跡臭と被告人の臭気が付着していると認められる本件車両の運転席側ドアの取つ手の内側から採取された臭気との間にはそれぞれ同一性が認められ、いずれも同一人の臭気である蓋然性が存すること、被告人は本件遺留靴下の遺留場所について認識を有しており、その靴下の色及び被害者が犯行にあつた際に落としたものが手提袋であつたことについても認識を有している疑いが強く、いずれについても被告人が犯人でなくして右認識を有するに至つたと認められる事情の存しないこと、被告人が本件車両を車両放置現場に駐車させるに至つた経緯及びこれを放置した理由についての被告人の弁解はいずれも客観的事実及び経験則に照らして措信できないことが認められ、これらの事実を総合すると本件犯行が被告人の所為によるものであることは、合理的疑いを容れない程度に明らかであると認められる。

(累犯前科)

被告人は、昭和五二年九月二日長崎地方裁判所平戸支部で道路交通法違反、証人威迫、暴行の各罪により懲役一年二月に処せられ(同年一二月一六日確定)、昭和五四年一月二日その刑の執行を受け終わつたものであり、右事実は検察事務官作成の前科調書、当該判決謄本及び福岡刑務所発信の法務専用電報によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法一八一条(一七九条、一七七条前段)に、判示第二の一の所為中無免許運転の点は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、酒気帯び運転の点は同法一一九条一項七号の二、六五条、同法施行令四四条の三に、判示第二の二の所為は道路交通法一一八条一項二号、二二条一項、四条一項、同法施行令一条の二第一項にそれぞれ該当するところ、判示第二の一の無免許運転と酒気帯び運転とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い無免許運転罪の刑で処断することとし、所定刑中判示第一の罪につき有期懲役刑を、判示第二の一、二の各罪につき懲役刑を各選択し、前記の前科があるので同法五六条一項、五七条により同法一四条(判示第一の罪についてのみ)の制限内で再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書、一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち七〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用のうち証人三好利行(昭和五六年九月八日支給分のみ)、同小池敏章、同佐々木一尚、同井手友子、同井手キミ、同栗崎忠義、同大宅敏美、同渡邊剛大、同石橋和幸、同野沢カツヨ、同野沢一男、同池田政夫、同荒木登(昭和五七年九月七日支給分のみ)、同松尾弘文、同田口マキヨに支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(別紙(一))

緊張最高点質問表

POT一 犯行の場所について尋ねます。

1 犯人は女子高校生を道の上の雑木林に引きずりこんだかどうか知つていますか。

2   〃          小屋の中      〃

〈3〉   〃          道の下       〃

4   〃          自動車の中     〃

POT二 犯人が逃走中に落とした物について尋ねます。

1 犯人は逃走中にくしを落としたかどうか知つていますか。

〈2〉   〃    くつ下     〃

3   〃    ハンカチ    〃

4   〃    手袋      〃

5   〃    サングラス   〃

POT三 犯人が落としたくつ下について尋ねます。

1 犯人が落としたくつ下は黒色の靴下であつたかどうか知つていますか。

2   〃        白          〃

〈3〉   〃        うすい青       〃

4   〃        茶          〃

5   〃        黄          〃

POT四 犯人が靴下を落とした場所について尋ねます。

1 犯人は靴下を小屋の中に落としたかどうか知つていますか。

2   〃   川の中        〃

〈3〉   〃   雑木林の中      〃

4   〃   道路上に       〃

5   〃   溝の中に       〃

POT五 犯人が女子高校生に対してとつた行動について尋ねます。

1 犯人は女子高校生が落とした眼鏡を拾つてやつたかどうか知つてますか。

2   〃          ハンカチ        〃

〈3〉   〃          手提袋         〃

4 犯人は女子高校生が落とした時計を拾つてやつたかどうか知つてますか。

5   〃          サイフ        〃

(注)質問番号欄の○印は裁決質問を示す。

(別紙(二))

対照質問表

CQT

1 あなたは〓浦國夫さんですか。

2 あなたは佐世保に住んでいますか。

〈3〉 あなたは今年の四月八日朝武雄市西川登町の道路上で、登校中の女子高校生を襲つた犯人は誰か知つていますか。

4 あなたは三八才ですか。

〈5〉 あなたは、今年の四月八日朝武雄市西川登町の道路上で登校中の女子高校生を襲つたおぼえがありますか。

6 あなたは今までに人の物を盗んで隠していることがありますか。

7 あなたは昭和一八年生まれですか。

8 あなたは今年の五月二日夜武雄市内で帰宅中の若い女性を襲つたおぼえがありますか。

〈9〉 今年の四月八日朝武雄市西川登町の道路上で登校中の女子高校生を襲つたのはあなたですか。

10 あなたの本籍は北松浦郡田平町ですか。

(注)質問番号欄の○印は関係質問を示す。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例